今回は百舌鳥古市古墳群の一つ『誉田御廟山古墳(応神天皇陵)』のご紹介です。
百舌鳥古市古墳群は大きく分けて東西のエリアに集中していて、西側は百舌鳥駅を中心に点在、代表は何と言っても『仁徳天皇陵古墳』です。
対して、東側は古市地域(土師の里駅)周辺に数多く点在していて、東を代表する古墳が今回の応神天皇陵古墳という事になろうかと思います。
では、今回は東の横綱『応神天皇陵古墳』に一礼。
古墳概要
この古墳があるのは大阪府羽曳野市、北側にご拝所、南側に鎮守社『誉田八幡宮』を控える日本でも有数の古墳です。
墳丘長425m、幅300m、高さ36mで古墳大きさランキング堂々の第2位。第1位の仁徳天皇陵古墳とはほんの60m程の違いしかなく、スケールの大きさは体全体で感じることが出来る古墳です。
被葬者は伝承としては第15代応神天皇、全国でお祀りされる八幡様として名高い方ですね。ただ、これは在位した年数や建造された年代(5世紀初頭)から被葬者が応神天皇であるという蓋然性は高いものの、前後に建造された古墳の地域や年代、被葬者とされる伝承などと整合性が取れないなど、確定するまでには至っていないらしく、まだまだ謎の多い古墳と言えます。
現存する文献も古事記や日本書紀など数えるほどしかなくて、この年代に関する推定は難しいんだそうです☆
周囲を散策
ご拝所
古墳の御拝所は古墳の北側頂点部分にあります。長い参道があり
そこを抜けると両脇の林も開け、立派な拝所が。晴天に恵まれれば青々とした緑と白砂、そして青い空がとても美麗。
誉田八幡宮(放生橋)
南側に鎮座するのが、誉田八幡宮。ご祭神は勿論応神天皇で、恐らくこの古墳を巡る上での起点となる神社でもあります。
その誉田八幡宮と誉田御廟山古墳の接点となる位置にあるのがこの放生橋です。
昔はこの橋を渡り陵墓への参詣が可能だったようで、今でも誉田八幡宮の秋季大祭では応神天皇の神霊を載せた神輿がここを渡っていくという神事が執り行われていて、誉田八幡宮とこの古墳の関係深さを象徴する橋です。
周辺散策
この古墳、昔はいざ知らず、今は住宅に囲まれて大部分は木々で囲まれてみることが出来ません。
周囲を堀に囲まれて内部に近づけないというのは殆どの古墳がそうなんですが、中心から堀、そしてもう一段森が拡がりそしてその外側に柵が巡らされていて、ほぼ見えるのは外郭の木ばかり。一周してみたものの、一番内側が見えるのは北側の御拝所と南側の放生橋のみなので、大きさを肌で感じるために巡るというのなら話は別ですが、見どころと言う意味では外濠すら見ることが叶わないので少し退屈かもしれません。
大鳥塚古墳
古墳北側にある大鳥塚古墳。陪塚という訳ではなく、この古墳自体が独立した一基という事だそうで、柵はなく、丘に登るように古墳のてっぺんまで歩いていくことが可能。
多分古墳周りで一番背の高い場所なので、古墳を横から見る事も出来るかと思いますが、てっぺんも木々に覆われていて、周囲を見渡すこともできないのが残念。
赤面山古墳
誉田御廟山古墳ではなく、大鳥塚古墳の陪塚とされる古墳なんですが、珍しいのがその位置、高速道路の真下にあるんです。この古墳を避けるように高架下道路が婉曲しているのも大概ですが、高速道路高架下から眺めることが出来る世にも珍しい古墳です。
古墳外濠外堤
西側に拓けた農地と隣接する場所がありますが、ここが一番陵墓のスケールを感じることが出来ようかと思います。秋には植生されたコスモス10万本が一斉に咲き誇る名所になっているんだとか。
アクセス
- 住 所:〒583-0857 大阪府羽曳野市誉田6丁目
- 駐車場:あり。
大阪府藤井寺市誉田八幡宮北側(境内駐車場有)。応神天皇をお祀りする誉田八幡宮にまず参拝するのが礼儀というか自然なルートかと個人的に思います。
まとめ
今回はこれで以上です。
東西から古墳を眺める事が出来ないので、この古墳の見どころは大きく二つ、御拝所と放生橋という事になろうかと思いますが、縦に歩くことが出来てもその距離400m超。それも住宅街を縫うように歩く事になります。体力と相談次第ですが、個人的なお勧めはレンタサイクルです。他の古墳を巡る上でもとても捗る事になります。とにかく大きいので、しっかりと周遊計画は練ってからご訪問される事をお勧めします。