今回は大阪市平野区にある『志紀長吉神社』のご紹介です。
大阪市には大阪冬・夏の陣に所縁のある場所がそこかしこに点在し、ここもその一つです。約400年前、数では圧倒的不利とされた豊臣軍を率い、冬の陣で実質的な勝利に西軍を導き、外堀を埋められ籠城すらできない中で奮闘したのが真田幸村。トレードマークの六文銭は余りにも有名で大河ドラマやゲーム、小説など活躍を知る媒体は上げ連ねれば枚挙に暇がないほど。
その軍師の才から『家康に最も恐れられた』とまで言われる武将として有名ですね☆
今回の志紀長吉神社は真田幸村がそのトレードマーク六文銭の軍旗を戦勝祈願の為奉納したとされる神社です。では、神社に一礼。
神社概要
この神社は創建平安初期とされています。日本書紀や古事記にも記述がある歴史ある神社で、戦国時代にはしばしば戦略上、政治的・経済的に重要な拠点として重要な役割を果たしていた神社だったんだとか。
ご祭神は2柱。
・長江襲津彦命 (ながえそつひこのみこと)
・事代主命 (ことしろぬしのみこと)
ご利益は、長江襲津彦命が交通安全・祓い ・必勝。事代主命は商売繁盛。
特に必勝については、大勢の決した幸村が祈念したこともあって今日まで広く知られる事となりました。
境内散策
ご本殿・拝殿
境内はそれほど広くはありません。正面鳥居をくぐり、奥に見えるのが拝殿、そしてご本殿です。
垂れ幕に掲げられたご神紋は日蔭の蔓(ひかげのかずら)
平安時代は809年第51代平城天皇より『日蔭大明神』の位を授けられ、以来この神社のご神紋とされています。
御朱印
御朱印は本殿左の社務所にていただけます。この神社の代名詞ともいうべき、日陰の蔓、そして六文銭が伺えます。また、幸村軍旗奉納に因んだ願い事を込めて拝殿に旗を奉納する『願旗(がんき)』というものもあります。
真田幸村軍旗
映像作品でもよく目にする六文銭軍旗。赤地に黒の丸が六つ、戦場においてもさぞ際立って目立つ事だろうこの旗印は、真田幸村の戦に臨む覚悟を示しているとされています。即ち、六文銭とは三途の川の渡し賃、これを旗に掲げるその覚悟は、死して六道(仏教における地獄(道)・餓鬼(道)・畜生(道)・修羅(道)・人間(道)・天(道)の6つの世界(道))のどこへ逝くことになろうとも悔いる事無く力を尽くす事。
六文銭は覚悟の表れでありながら、戦ではその軍略によって常に盤石を築いていた天才軍師は、間違いなく大阪の陣における西軍一番のMVPと言えますね☆
この神社に軍旗が奉納されたのは、大坂夏の陣終盤、道明寺の戦い・八尾の戦い・若江の戦いを敗走する中で立ち寄った神社です。起死回生の光明がない中、神頼みで戦勝祈願した幸村の気持ちは計り知る事が出来ません。
そんな死を覚悟した中で奉納された軍旗ですが、実際に見ることが出来ます。
例年正月2・3日、5月4日 午前10時~午後4時(神社HPより)
400年の時を経て色褪せて赤地の布ではなくなってしまっていますが、幸村の決死の覚悟が見て取れる貴重な機会です。
真田幸村休憩所(神社すぐ)
神社正面から回れ右して歩いてすぐの位置に、真田幸村が大坂夏の陣の際休息を取ったとされる場所があります。
摂社
境内には本社の他、二社のお社が鎮座しています。
琴平社
大物主神をお祀りする琴平社。神社の解説曰く交通安全の神様という事です。
稲荷社
いわゆるお稲荷さんです。
アクセス
- 住 所:〒547-0016 大阪府大阪市平野区長吉長原2丁目8−23
- 駐車場:あり
電車の場合:地下鉄谷町線長原駅徒歩10分(駅~神社~休憩所まで)
まとめ
今回はこれで以上です。
ここに限らず、大阪を舞台とした攻防戦が2度も行われた大阪市内には、古戦場ほか色々な所縁の地が点在しています。ご参拝に合わせてこういった歴史の一ページを探索するのも面白いかと思います。