今回は大阪にある岸城神社のご紹介です。
岸和田城の東の端、岸和田城天守からも目の端に止まる大きな鳥居。
岸和田城の鎮守として岸和田城と共に岸和田市を見守ってきたこの神社で、岸和田と聞けば大体の人が思い浮かべる『岸和田だんじり祭』。各地域に分かれて行われるこの勇壮なだんじり祭りの内、岸和田地区で行われるだんじり祭りはこの岸城神社を中心にして催される、そう考えると結構凄い神社だったりします。
では、今回はそんな岸城神社に一礼。
神社概要
創建の歴史
この神社があるのは大阪府岸和田市。南北朝時代の頃に京都八坂神社から牛頭天王(素戔嗚尊)を勧請しお祀りしたのがこの神社の興りとされています。当時は岸和田城と呼べるものはなく、この地にあった岸和田村の産土神(その人の生まれた土地を守る神)としてお祀りされていたようです。
地域密着の信仰、地域密着の神社だった訳ですね☆
この神社が岸和田城鎮守として成立したのはそれからずっと後。
豊臣政権の時代に岸和田城主を担う事となった小出秀政が近隣の村の神社と合祀して、今の形の岸城神社を創建したと言われています。
今の『岸城神社』と言われるようになったのは明治時代になってから。それまでは『ちぎりの宮』と呼ばれ、地域住民・歴代城主に崇敬されてきた神社です☆
今は岸和田城天守の東端に位置しているように見えますが、創建当時は岸和田城内に建立されていたそうです。ちぎりと言うのは岸和田城『千亀利城』と呼ばれていたのにちなんだ呼び名で、ちぎり=契り、つまり縁結びの神社としても多くの人に信仰されてきた一面もあります。
ご祭神・ご利益
ご祭神は以下の3柱。
- 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
隣村でお祀りされていた伊勢神宮から勧請されたご存知太陽神。太陽は植物の恵みと言う事で五穀豊穣のご利益があります。
- 素戔嗚尊(すさのおのみこと)
元々この地でお祀りされていた天照大御神の兄弟にあたる神様です。
厄除け・疫病退散と言う事でお祀りされる事が多く、自分に降りかかってくる悪いものをまとめて払ってくれるご利益があります。
- 品陀別命(ほんだわけのみこと)
応神天皇と同一神とされる神様です。源氏から氏神として信仰されるようになってから俄然、武神として名前が知られるようになった神様。
武勇長久、そして勝利祈願や出世開運のご利益があります。
石清水八幡宮から勧請されました。
境内散策
ご本殿・拝殿
鳥居を越えた最奥に見える立派な社殿が拝殿、そしてご本殿です。煌びやかと言うよりは落ち着いた色合いの厳かな社殿。
方位石
境内にある円柱の石、方位石。
ご朱印
御朱印は社務所にて頂けます。勇壮なだんじりが印象的。
アクセス・駐車場など
大阪府岸和田城東端。駐車場は岸和田城付設駐車場が便利。
まとめ
今回はこれで以上です。
岸和田城は観光客でにぎわっているものの、すぐ近所にあるこの神社への参拝客はまばら。ゆっくりゆったりと巡る事が可能です。
秋に催されるだんじり祭りに思いを馳せながらのご参拝もいいものです。