今回ご紹介するのは奈良にある大和郡山城跡。
郡山市といえば金魚と郡山城と言うぐらい、大和郡山市のシンボル的存在です。
歴史といい敷地といい見応えは十分。
大和郡山市って?
以前当ブログでもご紹介しましたが、このお城があるのは奈良県北西部大和郡山市にあります。県庁所在地奈良市のすぐ隣という立地なんですが、町並みはどこか歴史情緒があって、歩いているとちょっと懐かしい気持ちになれる、そんな不思議な町。
郡山城は40年かけて出来上がったお城
このお城は元々郡山衆という土豪(地方豪族のようなもの)が根城としていたんですが、本格的な改修・築城が始まったのは安土桃山時代。豊臣臣下時代の筒井順慶、その後郡山を領地とした豊臣秀長、時代は江戸時代に移り、水野氏、松平氏と領主は目まぐるしく入れ替わる中で二の丸完成まで40年掛けて建造された歴史ロマンあふれるお城です。
郡山城の戦い
この城を舞台とした大きな戦いは『郡山城の戦い』。
大阪冬の陣が終結し、形上は和平がなったものの、外堀は埋め立てられ戦いの機運が高まると徳川に郡山城主とされた筒井定慶は一方で豊臣方につくよう説得を受けます。
しかし、筒井家は固辞し、大阪方から攻められることに。
結果敵兵数を見誤った事もあり殆ど戦うこともなく落城したというものです。
結局、その後すぐの大阪夏の陣で豊臣方は惨敗し、実質無血開城に近い形で敗退してしまった筒井定慶は己の不甲斐なさを恥じて自害してしまったといいます☆
城を散策
このお城は外堀、大手門、櫓と肝心な天守閣こそないものの復元も含めそれ以外は大体が残されている見ごたえ抜群のお城です。お城全体が広大な公園のようになっていて、散策はゆっくり見て回ればゆうに半日は要します。
柳澤神社
ゴール地点を天守跡として、城の入口は二つ、そのうちの南側は柳澤神社というお社があります。
金魚の町『大和郡山市』らしく、金魚の絵馬が飾られていたりとなかなか趣のある神社です。
天守跡
ここに天守閣が乗っかっていれば、どうしてもそんな気持ちにならざるを得ないんですが、それでも見応え充分な天守跡の石垣。
石垣の頂上は結構高い位置にあって、眺望は抜群。天気が良ければ奈良の手向山まで見渡すことができます。
石垣の裏には不思議なお地蔵さん『さかさ地蔵』が拝めます。
大手門
城の北側にある入り口大手門。
復元とはいえその迫力は抜群。城の入口とはいえ、現在この大手門の北側に外へつながる道はないので、めぐる順序としては一番最後になろうかと思います。
柳澤文庫
お城の東側にある資料館です。柳澤というのは江戸時代この辺りを治めていた柳澤藩から来ています。
館内は撮影禁止ですが、中には大和郡山城築城に関する歴史が色々と詰まっています。
アクセスなど
住 所:〒639-1011 奈良県大和郡山市城内町2−255
駐車場 :大手門前に駐車場が10台。
営業時間:24時間
ここにはお城はないので、入城という考え方自体がありません。よって、いつ行っても拝観は可能です。
まとめ
今回はこれで以上です。
大和郡山城跡自体は施錠などされることもないので、いつでも拝観は可能ですが大和郡山市はこのお城だけの観光で済ませるにはとても勿体ない街なので、可能なら一日掛けてじっくりと見て回ることをおすすめします。その中でメインのスポットとしてこのお城を考えておきましょう。